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  • 名古屋市在住・短大生・映画(舞台)裏方志望。
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靨ト顎鬚 ~fossetta barba~

朝日新聞に載っていた記事を見て靴の個展へ行ってきた。

作者は岡野克俊さん。
経歴:
自分の表現には何が合うかを探し2000年10月からグレースシューズ靴教室で靴作りを学ぶ。
2002年3月よりAnntel Medialeとして活動を開始し、2つの賞を受賞するが、
靴を作りすぎ腕を傷めて2003年活動休止。
2004年デザインウィーク「ライブマーケット'04」でグランプリを受賞し、活動を再開する。
現在オリジナルシューズブランドfossetta barbaとして活動中。

“fossetta barba”とはイタリア語で“靨と顎鬚”と言う意味の言葉。
岡野さんそのまま!つまりはブランド名を変えない限り顎鬚を剃る事はできない。(笑)

会場はナディアパークの4Fの隅っこ、ひっそりとした隠れ家のような場所に、
黒・白・茶色のスタンダードな物から赤や緑など色とりどりな物まで色々な靴が並ぶ。
靴だけではなくコサージュや鞄もあるのだが、
コサージュにはガラスの目玉が真ん中に埋め込まれていたり、
靴も物凄く細長いものがあり、ユーモアのある作品も目立つ。
皮をご自分で染めるそうで、革靴なのに木目の物もあった。
どれもオシャレで可愛く、履き心地も良さそう。
ほとんどの品がオーダー可能で、
皮も自分で染めているので好きな色で作ってくれると言う。
さぞかし値段も張るのだろうと思ったら、
一足3万5千円前後と、頑張れば手が出せない値段でもない。

私の足は25㎝なのに1Eでも幅がありすぎる場合があると言う難儀な足で、
大抵ピッタリは合わない靴を履いている。
しかし、普段見に付けているものの中で靴を一番贔屓に見ているかも知れない。
特に皮の靴、それもスクエアカットでクラシカルなのが特に好きだ。
何だかあの形と言い、素材と言い、私のツボを押さえている。
他にもあまりはかないがヒールの物も好きだし、眺めているだけでも良い。
これだけ好きなのだから一足オーダーで買っても良いかもしれない。
何かの節目に一足作ってもらおうかな。
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ゴッホ展

ゴッホは特別好きな画家と言う訳ではないが、
借りにも芸大生なんだし見とこうか、どうしようか・・・
と悩んでいると、教職の授業の時に奥さんの知り合いに関係者が居るという教授が
限定29名(一枚は教授の分)に券を配ってくれて見事入手!!
しかし、出不精と言う訳ではないがなかなか行く気になれず、
最終日の今日まで先延ばしにしてしまい凄い人込みの中見てきた。
因みに芸祭の方は見事に進んでおりません。

まず行ってみると10分待ち。
しかしそれほど待たず中には入れた、が、凄い人込み・・・。
なかなか進まない群衆に混ざりゆっくりと見て行った。
最近良くある音声ガイドとやらを借りている人が多いので
それを聞ける絵の前で人溜まりが発生しいる。

展示物はゴッホの作品30点と彼が影響を受けたバルビゾン派や印象派、及び友人達の作品が約30点。

前期の終りがけ東洋美術史の授業ではゴッホを中心に進んだのだが、
彼は少々世の中と適合できずにいたようだ。
親戚の美術商で仕事をもらうが、
精神病で人との関わりが上手く行かなくなる時があり、発作を起す。
環境(支店)を変えるなど試行錯誤をしたが結局23歳で止めてしまう。
その後父や祖父のような牧師を目指すが情熱は報われず、
27の時画家になる事を決意し、美術学校でデッサン、解剖学、遠近法を習う。
パリのモンマルトルの弟の下宿へ移り住む。
弟とはテオと言う次男だ、彼は兄が死ぬまで経済的、精神的に支え続ける。
コルモン先生に入門。そこでロートレックやエミールベルナール等と出会う。
日本に興味があったゴッホは浮世絵を作る過程で多く職人達が居る事を聞いて、
日本の画家達はみんなで一緒の所に住み互いを高め合っている、と勘違いをする。
彼は日本への憧れを次第に大きくして行き理想郷を日本に見てしまった。
彼は己の精神世界的環境を作り出そうと35歳の時南仏アルルへ行き
芸術家達がみんなで住む為の家、通称“黄色い家”を購入する。
しかし個性の強い芸術家達がいっとこで住める訳がない。
ゴッホは一人黄色い家の壁に飾るためのひまわりの連作を描く。
誰も行かないのを見かねたのかゴーギャンが来たは良いがそりが合わず次第に緊張感増す。
2ヶ月ほど経った頃緊張とストレスが頂点に達したのかゴーギャンが出かけている内に
自分の耳を切り落としなじみの娼婦に渡すという事件を起す。
テオがかけつけその後は発作を起すもしくは自らの意思で入退院を繰り返すのだが、
37歳の時麦畑の近くで自殺を謀り、9時ごろ宿に戻り医師が呼ばれたが手術不可能と診断される。
翌翌日の1890年7月29日息を引き取る。
翌年の1月に弟テオも他界。

本とは図録に付いている年表を全部書き出すと
凄い人生だったのだと怖いぐらい分かるのだが、凄い量になるので省略。
今図録を見てテオが翌年に亡くなってた事を知った。何だか悲しいな・・・。
ゴッホが絵を描き始めたのが27歳、亡くなったのが37歳。
丁度10年間絵を描いていた訳だが、そのわずか10年の間に2000点もの絵を描き上げている。

感想は明日・・・。

中村勘三郎襲名記念展

勘三郎さんの襲名記念展が今日までだったので勘三郎ファンの友人と観てきた。
因みに管理人は京都まで追っかけるほどの板東玉三郎ファン(笑)
(御園座には来ないのだ・・・)

最初の方は浮世絵やかわら版(?)など展示され、
定式幕の色が柿・黒・白の理由や家系図も紹介されていた。

途中からは大きなパネル写真がずらり。
まずは先代17代目勘三郎氏、何の時のか忘れてしまったが、
押さえつけた赤子に小刀を付き付け流し目で睨んでいる写真が物凄く迫力があった。
藤娘は・・・ノーコメントで。荒くれ者の役が凄いはまっている。
18代目勘三郎さんが初舞台に立った時の凄い可愛い写真もあったのだが、
先代は後ろで鬼の格好をして座っていた。

さて18代目勘三郎さんは5代目勘九郎の時
ニューヨークで歌舞伎をやるという偉業を成し遂げ、物凄い反響を呼んだ。
それを取り上げたTV番組の映像も流れていたのだが、
あの舞台なら一年もつと言われたらしい。
その時の写真も沢山飾られ、セットなんかも置いてあった。
NHKで放送されたのを録って観ていたので、どの場面か分かって面白かった。
因みに題目は夏祭浪花鏡、何故か笹野さんが義父役で出演している。
大きな沼を作ってあってそこに笹野さんを沈ずめるのだが水が茶色いので凄い有様・・・。
最後の見えの切り方はちょっとしつこい。

あとは何と言っても四谷怪談のお岩さん!目の高さが左右で違うよ!!
古典怪談ものの舞台を一度生で観てみたい。
藤娘も18代目は綺麗!お山も男方も両方様になるのは凄い。
化粧の様子もVTRで流れていて面白い。
衣装も少し飾られているが、中には迷彩の袴もあった。
白波五人男の衣装が凄く好きだ、2着飾ってあったがどちらも粋で派手で好みだ。

図録を買おうと思っていたのに作らなかったらしい。
今までに出版されている本は大量に売っていたので立ち見して来た。
一冊だけ七之助の写真集もあったのだが歌舞伎をやってるところは一枚もない。
何と言うか・・・・ナルシスト。この間暴れた件もあり物凄く印象が悪い。
これからの歌舞伎の為に親父に負けない役者を目指して欲しいんだが・・・

歌舞伎を良く分からないと言って遠巻きに見ている方々、
確かに分からないのに観に行くにはチケットは高過ぎますが、
正月には毎年特集番組が組まれ、NHKでも結構頻繁に放送したりしているので、
機会があったら一度観てみて下さい。
台詞も最初分かり難いですが、
しばらく聞いていると耳に馴れて分かるようになってきます。
分かると結構面白いですよ。

余談。
襲名記念展の券は母の友人が大量にくれたのだが、
勿体無いので余った分をその辺のおばさんにあげてきた。
配っていると逆におばさんからアンコールワット展のチケットを貰ってしまい、
折角なのでそのまま続きで観てきた。
当然なんだが私の好きなカルラが居た!天狗のモデルと言われているやつだ。
あとはナーガの上に座るブッダ像が気に入った。
でもやっぱり現地に行ってあの塊を見ないと凄さは伝わらないだろう。
あの遺跡は最初蜜林の中に隠れていたらしいので、
回りを全部刈ってしまったと言うことだろう。
そのままにしておいた方が良いような気がするのだが、
保存すると言うことを考えると今の方がまだ良いのだろう。
神話なんかは話しとしては結構好きなんだがあまり良く知らない・・・
その辺兄はめちゃくちゃ詳しいので聞けば大抵間髪入れずに答えてくれるので便利。

パリ・モダン―万博の時代―エコール・ド・パリ&アール・デコ

今日はハードスケジュールの中最後に展覧会へ行ってきた。
『パリ・モダン万博の時代』と言うパリ万博に関する展覧会だ。
パリ万博と言うのはエッフェル塔が立った年の一回だと思っていたのだが、
1889年から1937年までに7回も行われている。
その中の4回で時代の変革と発展、それからアール・ヌーヴォーからアールデコ、
モダニズムへと変調していく流れを見ることができるらしい。

まずはパリのシンボルエッフェル塔が出迎えてくれた。
白黒の大きなパネル写真には他に高い建物など写っておらず、
何だか異様と言うか不安定な光景だった。今でもあんなもんなんだろうか?
展示品は町に貼ってあったポスターや出展された絵、家具などの調度品なのだが、
作者不明のものがやたらと多い。
あまり好きなものはなかったのだが、モディリアーニの青い目の女と、
誰の作品かは忘れたが二頭の虎の絵は結構好きかな。
芸術なんてものは結局は好みだ。
あと真っ青のブガッティ51Aがあった!!
レースにも使っていたらしいので馬力は結構あるようだ。
女性のレーサーが何年か連続優勝を飾っていたらしい。

見てるとだんだん『パリの恋人』が見たくなって来たのだが、
展示品から連想されるシーンは『パリで一緒に』なのだ。
どっちにしろオードリー・ヘップバーンなんだけれど・・・。
多分『パリの恋人』の方が好きだからだろう。
オードリーと言えば『ローマの休日』と殆どの方が言うだろうが、
『パリの恋人』もなかなか良いと思う。
ただミュージカルなので嫌だという人も多いかも知れない。

話しが横道に入ってしまったが、
万博の足跡を追いかけるよりその時代の現代映画を見た方が、
よっぽど時代そのものが垣間見えるし面白いのではないだろうか。

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