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ゴッホ展

ゴッホは特別好きな画家と言う訳ではないが、
借りにも芸大生なんだし見とこうか、どうしようか・・・
と悩んでいると、教職の授業の時に奥さんの知り合いに関係者が居るという教授が
限定29名(一枚は教授の分)に券を配ってくれて見事入手!!
しかし、出不精と言う訳ではないがなかなか行く気になれず、
最終日の今日まで先延ばしにしてしまい凄い人込みの中見てきた。
因みに芸祭の方は見事に進んでおりません。

まず行ってみると10分待ち。
しかしそれほど待たず中には入れた、が、凄い人込み・・・。
なかなか進まない群衆に混ざりゆっくりと見て行った。
最近良くある音声ガイドとやらを借りている人が多いので
それを聞ける絵の前で人溜まりが発生しいる。

展示物はゴッホの作品30点と彼が影響を受けたバルビゾン派や印象派、及び友人達の作品が約30点。

前期の終りがけ東洋美術史の授業ではゴッホを中心に進んだのだが、
彼は少々世の中と適合できずにいたようだ。
親戚の美術商で仕事をもらうが、
精神病で人との関わりが上手く行かなくなる時があり、発作を起す。
環境(支店)を変えるなど試行錯誤をしたが結局23歳で止めてしまう。
その後父や祖父のような牧師を目指すが情熱は報われず、
27の時画家になる事を決意し、美術学校でデッサン、解剖学、遠近法を習う。
パリのモンマルトルの弟の下宿へ移り住む。
弟とはテオと言う次男だ、彼は兄が死ぬまで経済的、精神的に支え続ける。
コルモン先生に入門。そこでロートレックやエミールベルナール等と出会う。
日本に興味があったゴッホは浮世絵を作る過程で多く職人達が居る事を聞いて、
日本の画家達はみんなで一緒の所に住み互いを高め合っている、と勘違いをする。
彼は日本への憧れを次第に大きくして行き理想郷を日本に見てしまった。
彼は己の精神世界的環境を作り出そうと35歳の時南仏アルルへ行き
芸術家達がみんなで住む為の家、通称“黄色い家”を購入する。
しかし個性の強い芸術家達がいっとこで住める訳がない。
ゴッホは一人黄色い家の壁に飾るためのひまわりの連作を描く。
誰も行かないのを見かねたのかゴーギャンが来たは良いがそりが合わず次第に緊張感増す。
2ヶ月ほど経った頃緊張とストレスが頂点に達したのかゴーギャンが出かけている内に
自分の耳を切り落としなじみの娼婦に渡すという事件を起す。
テオがかけつけその後は発作を起すもしくは自らの意思で入退院を繰り返すのだが、
37歳の時麦畑の近くで自殺を謀り、9時ごろ宿に戻り医師が呼ばれたが手術不可能と診断される。
翌翌日の1890年7月29日息を引き取る。
翌年の1月に弟テオも他界。

本とは図録に付いている年表を全部書き出すと
凄い人生だったのだと怖いぐらい分かるのだが、凄い量になるので省略。
今図録を見てテオが翌年に亡くなってた事を知った。何だか悲しいな・・・。
ゴッホが絵を描き始めたのが27歳、亡くなったのが37歳。
丁度10年間絵を描いていた訳だが、そのわずか10年の間に2000点もの絵を描き上げている。

感想は明日・・・。
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